たけしの華麗なる消費生活

日常で気づいたコトを書いてます。

ノート論 Ver. 2

以前、ノート論を書きました。

こちらですね。

takeshikarei.hatenablog.com

結構ご覧頂いた方が多いエントリーなのですが、最近は、もう少しシンプルな形に変えているので、更新しちゃいます。

ノート論 Ver.2

通常、KOKUYOのsoft ringというノートを使ってます。このノートにどんどん書いていきます。基本は、このノート"だけ"を使うことにしています

このノートを使う目的は、前に書いたRHOIDAのケースと同様で、考えるために書く、という位置付けとして、考えては書き、書いては考える、をどんどんやっていきます。

ケースは2つに大別されます。仕事や生活をしていると、課題や論点が出てくるのですが、誰かに解決策を提供する、という相手がいるアウトプットと、何か気づいたり、自分の中で整理したいこと、もっと言えば、自分に対するアウトプットです。

前者は、誰か相手に、何かのアウトプットをするために、考えたり書くので、それらは、パワーポイントなどの適切なアウトプットフォーマットにのせて、受け手に届けます。

後者は、自分の意識に入れたいとか、認識の中でもやもやと空転していることを明文化することで、思考を整理するという目的なので、書いておしまいのこともあるし、後々参照したい内容は、Ver.1にもあるモレスキンに、改めて書いておいたりします。

どちらのケースもですが、アウトプットしたと同時に紙を捨てます。書き終わった、そして、アウトプットした何かが目に触れるのが嫌なのですよね。だって、アウトプットした時点で目的は達成しているのに見ても仕方ない。だから、すぐに、さよなら、をしちゃう。

ここまでは、実は、前に書いたこととあまり変わらないのですが、書きまくった紙がアウトプットされるまでに分散されるのを防いだり、管理するのが面倒なのでなくすために、前回書いたROHDIAやノートパッドは使わずに、リング止めのノートを使うように変えました。収納や管理のための所有物は減り、さらに、書いた後のメモを探す無駄も減りました。よりシンプルな運用になったかな、と思います。

(おまけ)書くとは、デジタルではなく、アナログの方がいい

ちなみに、iPad ProとApple PencilとCloudサービスを駆使して書きまくる、みたいなのをしていた時期もありました。でも、最近では、それは、座学の時のメモのくらいに留めています。

iPad ProとApple Pencilのコンビは絶大で、Adobeやpaperやwhiteboardなどのコラボ系cloudサービスとを組み合わせると、思考と共有がリアルタイムでできるので、コラボレーションワークの文脈でかなり活躍します。だから、そういうときには使います。

一方で、個人のメモとしては、即時性が紙とペンよりも落ちるかな、と思っています。iPad Proを起動させて、アプリをタッチし、ペンを持ち、書くところに書く、などをしている間に、ペンで紙に書けてしまう、っていう書く時の操作プロセスの違い。

書いたメモをもう一度引っ張り出したり出したいときにも、同じ動作が必要になるし、クラウドのストレージアプリの構造的に格納されたところから、欲しい情報を探さないといけなくなるし、その前に、何かのアプリに格納するときに、構造を考えないといけなかったりする、っていう情報格納・検索プロセスの違い。

それらのプロセスの違いを比較した時、僕は、デジタルで書く、っていうのは、ちょっとムダだなと思ったのですよね。。。

おわりに

ということで、いまいまのノート論はこんな感じになっています。やはり工夫はし続けるので、今後も変わるとは思いますが、そういう前提でご参考ください〜

ブルゾンちえみに学ぶ、文房具を使ってて「気持ちいい」二つの瞬間

ブルゾンちえみは、文房具が好きらしくて、特に、色々なノートを買って使っているとのこと。ネタもノートに書きまくっていて、インスタなどをみると、そんな文房具愛の微笑ましいシーンをみれたりするのですが、何かで読んだのだけど、ブルゾンちえみが、こんなことを言ってました。

「文房具は、使い始めるときと、使い終わったときが、とても気持ちいい」

これ、すごくわかる!

確かに、買ったノートやペンを使い始めるときは、なんだかワクワクする感覚がある。なんだろ。パートナーと言ってはオーバーなんだけど、これから、一緒にヨロシクね、的なのがあるのかなと思う。

一方で、使い切ったときも、達成感に近い感触とか、全うした感覚を持つことがあって、気持ちいい。いままでホントありがとう、的な気持ち。だから、使い始めたらものは全て、使い切りたいと思いながら使ってて、途中でペンとかをなくしてしまったときなんかは、あーーー、っていう残念な気持ちになるのですよね。

ということで、文房具あるあるな気持ちを、ブルゾンちえみに代弁されたものだから、なんだか、ブルゾンちえみが、前よりも少し好きになったのでした。みなさんも、同じような気持ちがあったりするのですかね?!

「ミライの授業」の書評

実は過激な瀧本哲史さん

瀧本哲史さんの「ミライの授業」。瀧本さんは、とあるセミナーのセッションで話をされているのを見たことがあるのですが、キャリアや写真とは違って、過激な発言をされ、かつ非常に面白く、かつシャープな提言をされる方なので、個人的に結構注目をしていて、過去にはこんな本を読みました。

結構読んでますね。。。

中学生に向けた本「ミライの授業」

どれも、とても良いことが書かれているのだが、今回は、「ミライの授業」について。なんでも、彼は、全国の中学校に出向き、「ミライ」の授業を行ったそうだ。

その内容が本になったのだけれど、中学生に向けたコンテンツ、というのがキー。大学受験はまだ先で、でも小学生のような子供でもない。そんな不安定?!な時期が中学生だ。中二病とかとも言うしね。まだ、何もないし、これから何かになっていく中学生に対して、ミライを考えるために用意したコンテンツだ。

ちょっと刺さったところを引用しますね。

  1. みなさんは、学校という場所で、魔法の基礎、を学んでいる
  2. 世界を変える旅は、違和感、から始まる。違和感をスルーせず、自分の中で大切に育ててください。その小さな違和感こそが未来につながる冒険の扉なのだ。変革者たちは自分の中に芽生えた、小さな違和感、を掘り下げ、常識を疑い、嘘を見破ることから冒険をスタートさせてきた
  3. 自分が理想とする社会を具体的に思い描いていたこと。そして、みずからの理想を言葉として、あるいは、ファッションとして、形にして残した

1が、勉強に関する見方として、とてもユニークだと思う。でも、正しい事実だとも思う。勉強をしていくと、世界のことがわかってきて、世界を変えるための方法もわかるのだけど、うっかりすると、勉強が世界とは離れた存在になってしまう。しかし、そんなことはなくて、世の中とちゃんとつながっている。魔法って言葉はキャッチーなんだけど、確かに、確実に世の中を変えているのは、テクノロジーを中心とした学問の先にある行動であり、確かに勉強てやつは魔法なんだよな、と思わされる。

2は少し前から、僕自身が気に留めている概念だったので、とても刺さった。毎日を過ごす中で気づく、違和感てのを大事にすべきだし、そこから、進化や革新が生まれるよね、ということ。当たり前の何かというのはなくて、当たり前と思っていたことの中によぎった違和感こそが、当たり前を進化させ、次の当たり前を創るための基点だったりするのだと思う。子供は、よく、なんで?と言ったりするけど、それに通じるところもあるのかなと思う。

3はココシャネルのことを言っているんだけど、あくまで一人称の自分が描く理想の世界と、それを言葉や形にして、理解できるようようにすることが、世界を変えることに通じるのだということ。1とかは勉強の話なんだけど、それだけではだめで、2で違和感に気づき、世界を変える種を見つける。そして、では、あなたはどうするのか、といったアクションの話がこのビジョニングの話だったりするのかな、と思う。ちなみに、このようなことをできる人こそが、リーダーだったりするのですが、それはこちらで書きました。

takeshikarei.hatenablog.com

おわりに

先にも書きましたが、著者は、灘中学や、福島第一原発事故の影響で避難生活を余儀なくされている福島県飯舘村立飯舘中学校などの様々な中学校にいき、本書に書かれたような授業をしたとのこと。中学生にとって、目の前の勉強がどれほどの力を持つか、をとても理解できる良い機会だったのだろうな、と思います。

この本を通じて、より沢山の中学生や若者が勉強の持つ力を理解して、魔法のような力を身につけ、世界をより良く変えていけるようになったらな、とポジティブな気持ちにさせる本でした。良い本ですね。子供を持つ親が読むのもよいかなと思いました~