たけしの華麗なる消費生活

日常で気づいたコトを書いてます。

ノート論 Ver.3

約1年前に書いたエントリーが、こちらでした。

takeshikarei.hatenablog.com

書くことの意味は全く変わっていないですが、ノートの種類が変わったので、ノートの利用場所別に整理し直します。

  1. 仕事時 ⇒ KOKUYO soft ring
  2. オフ時かつ家 ⇒ 子供が使わなくなったノートや裏紙、次に、無印良品 落書き帳
  3. オフ時かつ外 ⇒ ダイソーのメモ帳

1. 仕事時 ⇒ KOKUYO soft ring

Ver.2と変わりません。補足すると、soft ringの中でも無地を使っています。無地の方が思考を自由に展開できる気がしています。 

2. オフ時かつ家 ⇒ 子供が使わなくなったノートや裏紙、次に、無印良品 落書き帳

「書く」こと自体が大事だと実感したとき、紙は何でも良いので、家に何気なくあった紙を使っています。(1や3は、とはいえ、外に持ち出す場合、何を紙として持ち出すか?を決めてしまった方が楽なので一番良い紙を選んでいます。)

なお無印良品のメモ帳は、再生紙の落書き帳とブロックタイプのメモ帳を大量に買って、いつでも誰でも書けるように、家中にばらまいています。子供も気が付いたら何かを書いていて、書いたことについて親子で会話したりするので良いなと思っています。

3. オフ時かつ外 ⇒ ダイソーのメモ帳

最近ロディアNo16からダイソーのメモ帳に変えました。

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いつでもどこでも書けるように携帯するので、安定していて書きやすいのが良いので、ロディアにしていましたが、思い立って調べてみると、ダイソーがmarumanと組んで作っているメモ帳が優れモノだったのでスイッチしました。

ポイントは三点です。

  • 視認性が高い。ロディアは方眼の色が濃くて、書いた文字より方眼が主張しすぎ
  • ロディアは裏も方眼があるがダイソーにはない。でも方眼は不要なので問題ない
  • 安い。同程度の厚さで、ロディアは約600円でダイソーは約100円

視認性の比較写真がこちら。差が歴然。元々ロディアの方眼の主張の強さには不満だったので、このポイントがスイッチの決め手になっています。

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ブログ復活。エントリーの二つのルール。

暫くご無沙汰でしたが、新年ということでブログ復活しましたw。なぜ、こんなにもご無沙汰だったのか?には全く触れずw、このブログを再度書く際のルールを設定したいと思います。二点です。

  1. 書く対象は、商品・サービスに限定する
  2. シンプルな文章を書く

1は、このブログのタイトル「たけしの華麗なる消費生活」の原点回帰です。「消費」を広義に捉えて、何でも書いていましたが、商品・サービスに限定します。(仕事の話は別のアウトプット先にしました。その内共有します。)

2は、最近思うのですが、長い文章はムダ。一つのテーマで情報量が多いのはナンセンス。ということです。大事だと思うことだけを書く。そうすることで、読む人は読む時間が減るだけでなく、情報量が少ないがゆえに、大事なことが伝わる可能性が高まる。

仮に大事な情報が同じ量(1)だとしたとき、1000の情報を分母としての大事な情報1よりも、10の情報を分母とした大事な情報1の方が、そもそも読まれる可能性が高まる(単純計算で100倍)。

加えて、人間が一日に情報を処理する量は莫大なわけですから、一つのエントリーで、5個も10個も大事なことを入れても処理できない。だから、限られた大事な情報を伝えた方が伝わる可能性が高まる。

一方、本当に大事なことは何か?を考えて、磨き込まれた文章で人に伝えることも難しい。だからこそ、それをルールにしようかなと思ったわけです。

そんなわけで、また書いていくので、読んでくださいー!

ノート論 Ver. 2

以前、ノート論を書きました。

こちらですね。

takeshikarei.hatenablog.com

結構ご覧頂いた方が多いエントリーなのですが、最近は、もう少しシンプルな形に変えているので、更新しちゃいます。

ノート論 Ver.2

通常、KOKUYOのsoft ringというノートを使ってます。このノートにどんどん書いていきます。基本は、このノート"だけ"を使うことにしています

このノートを使う目的は、前に書いたRHOIDAのケースと同様で、考えるために書く、という位置付けとして、考えては書き、書いては考える、をどんどんやっていきます。

ケースは2つに大別されます。仕事や生活をしていると、課題や論点が出てくるのですが、誰かに解決策を提供する、という相手がいるアウトプットと、何か気づいたり、自分の中で整理したいこと、もっと言えば、自分に対するアウトプットです。

前者は、誰か相手に、何かのアウトプットをするために、考えたり書くので、それらは、パワーポイントなどの適切なアウトプットフォーマットにのせて、受け手に届けます。

後者は、自分の意識に入れたいとか、認識の中でもやもやと空転していることを明文化することで、思考を整理するという目的なので、書いておしまいのこともあるし、後々参照したい内容は、Ver.1にもあるモレスキンに、改めて書いておいたりします。

どちらのケースもですが、アウトプットしたと同時に紙を捨てます。書き終わった、そして、アウトプットした何かが目に触れるのが嫌なのですよね。だって、アウトプットした時点で目的は達成しているのに見ても仕方ない。だから、すぐに、さよなら、をしちゃう。

ここまでは、実は、前に書いたこととあまり変わらないのですが、書きまくった紙がアウトプットされるまでに分散されるのを防いだり、管理するのが面倒なのでなくすために、前回書いたROHDIAやノートパッドは使わずに、リング止めのノートを使うように変えました。収納や管理のための所有物は減り、さらに、書いた後のメモを探す無駄も減りました。よりシンプルな運用になったかな、と思います。

(おまけ)書くとは、デジタルではなく、アナログの方がいい

ちなみに、iPad ProとApple PencilとCloudサービスを駆使して書きまくる、みたいなのをしていた時期もありました。でも、最近では、それは、座学の時のメモのくらいに留めています。

iPad ProとApple Pencilのコンビは絶大で、Adobeやpaperやwhiteboardなどのコラボ系cloudサービスとを組み合わせると、思考と共有がリアルタイムでできるので、コラボレーションワークの文脈でかなり活躍します。だから、そういうときには使います。

一方で、個人のメモとしては、即時性が紙とペンよりも落ちるかな、と思っています。iPad Proを起動させて、アプリをタッチし、ペンを持ち、書くところに書く、などをしている間に、ペンで紙に書けてしまう、っていう書く時の操作プロセスの違い。

書いたメモをもう一度引っ張り出したり出したいときにも、同じ動作が必要になるし、クラウドのストレージアプリの構造的に格納されたところから、欲しい情報を探さないといけなくなるし、その前に、何かのアプリに格納するときに、構造を考えないといけなかったりする、っていう情報格納・検索プロセスの違い。

それらのプロセスの違いを比較した時、僕は、デジタルで書く、っていうのは、ちょっとムダだなと思ったのですよね。。。

おわりに

ということで、いまいまのノート論はこんな感じになっています。やはり工夫はし続けるので、今後も変わるとは思いますが、そういう前提でご参考ください〜