たけしの華麗なる消費生活

消費したモノ・コトについて、書いています。

勝ちパターンは流用できない (「ルーズヴェルトゲーム」TBS)

「半沢直樹」と同じ制作陣、勿論原作は、池井戸潤の「ルーズヴェルトゲーム」。第一回が04/27に放送されました。見ましたが、正直残念な内容でした。

 演出が半沢直樹と一緒。細かい演出もそうですが、毎回勧善懲悪のストーリーでクライマックスを作り、窮地から一転、主人公がスカッとするセリフで畳み掛けてアップサイドに持っていく、という半沢直樹の勝ちパターンをそのまま持ってきたのは、正直イマイチでした。

ここで、考えるのは、なぜ、半沢直樹の勝ちパターンが成功しないのか?ということ。思い出したのは、Apple to Appleという言葉です。

Apple to Appleとは、分析をするときに、前提となる条件を揃えないと、意味のある示唆を導出できないよ、ということ。例えば、原価の売上比率を比較しようとしたとき、流通業をしている会社と、ITサービスを提供している会社のそれは、ビジネスモデルが大きく異なるため、原価率が高い低い、などと言うことはナンセンス、というわけです。りんごとみかんを比較してしまっているわけです。

ここで、さらに考えるべきなのは、Apple to Appleでは済まないということです。りんごとりんごを比較して、どちらが赤い、どちらが大きい、というのでは不十分なわけです。例えば、青森産のりんごと、長野産のりんごとを比較すると、前提となる気候条件やらが大きく異なるわけで、りんごの違いの明確化やその背景となる条件を導出するには、目的を鑑みたときには比較のメッシュが粗いわけです。

だから、「王林」とか「世界一」みたいな品種レベルで分析しないと、おいしいりんごを見つけるとか作る、といった目的に対する回答を見いだすことはできないわけです。

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同じことが「ルーズヴェルトゲーム」と「半沢直樹」とで言えるのかな、と。

ルーズヴェルトゲームの主人公は、半沢直樹の主人公と同様に、厳しい局面には立たされているが、立場は、会社のトップであり強い(銀行の手前弱さもあるわけですが)。仕事の進め方は、周りと協調するスタイルとは異なり、横暴にも見え、部下からの信頼は得られていない。

この時点で、半沢直樹とは大きく異なってくる。日曜夜、という日時間帯は、サラリーマンにとっては、週の始まりの前のデリケートな時間帯。半沢直樹は、そんなサラリーマンが自分を重ね合わせる対象になり得たわけだが、ルーズヴェルトゲームは、社長である時点で、そうはなり得ない。

半沢直樹の見せ所であった水戸黄門的な勧善懲悪ストーリーは、社長である主人公とメインバンクとの間に見いだしたわけですが、同じ会社の上司部下との間の掛け合いと、お金の貸し手と借り手との間の掛け合いとでは、多くのサラリーマンにとっての身近さが違うし、お金の貸し手と借り手間でやり合うという意味でのリアリティには難しさがあるわけですね。

池井戸原作で主人公が、窮地に立ちながら踏ん張ってやり遂げる、そんなストーリーの主な前提(りんご)は同じ。しかし、幾つかの主人公を取り巻く前提が異なる(りんごの品種レベル)ストーリーにはめることは、難しいわけです。

ちなみに、これらに加えて、野球の話も入ってくるっていうのが難しさを助長しています。ビジネスのストーリーと、野球のストーリーを重ね合わせていく、というのはドラマの名前からして、わかるわけですが、無理矢理つなげている感が否めない。野球部を廃止しようとしている主人公である社長が、メインバンクの課長に、「ゲームオーバー」と言って、野球と重ねている所に違和感は感じざるを得ないわけです。

そして、ビジネスのストーリーだけでも、登場人物が多いわけですが、野球のストーリーでも十分に登場人物がいて、視聴者としては、少し大変なボリュームになっています。

登場人物の話も加えると、香川照之は使わなかった方が良いでしょう。正直、大和田常務と代わり映えしてなかった。大和田常務と同じく狸な敵役なわけで、それを同じ役者に演じさせるって。デジャブかと思ったわ。このキャスティングは、視聴者の期待値を見誤っているように思えます。

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といった感じで、辛口の評価をしてみました。初回の視聴率の程度を見るに、同じ様に感じた人は多いでしょう。ここから、どのように修正をかけてくるか。制作陣はやはり実力派なので、今後の展開に期待したいと思います。